映画を見る環境は昔にくらべて今はたいへん良くなっている。ネズミが暗闇を走るような映画館はなくなり、きれいでぴかぴかなシネコンに変わった。どんな映画をいつどこでやっているか、昔は「ぴあ」や「シティロード」を買わないとわからなかったが、今はネットですぐにわかるし座席予約もできる。ロードショーを見逃したとしてもすぐにDVDになるし、配信もされる。
どの映画を見るべきかについては、ネットのレビューなんか無いので、映画通の友達に聞くか、映画ガイド本を買うしかなかった。
そんな時代に買った一冊の古い本がある。村上春樹と川本三郎の共著『映画をめぐる冒険』(講談社)だ。顔もどことなく似ているこの二人が、印象に残っている映画をそれぞれ年代順にピックアップして紹介している。1985年に出た本なので、紹介されている映画は1984年までだ。この本を頼りにして、幾度となくレンタルビデオ屋に足を運んだものだ。いわば私にとって映画の羅針盤のような役割をしてくれた本だった。
そこで紹介されている映画は膨大な数だが、一応「ビデオで見られるもの(刊行当時)」「アメリカ映画中心」というルールが設けられている。つまりこのルールを外せば、もっともっと紹介されてよい映画があったということだ。それがどんな映画だったのかとても知りたいが、それはかなわぬ夢ということだろう。
そんな感傷に浸りつつ、村上春樹がこの本で選んだ映画を紹介してみたいと思う。まずは、1920年代から1944年までの、いわゆる「戦前の」映画である。
『メトロポリス』(1926)
フリッツ・ラング監督の、歴史に残るSF映画。サイレント映画だが、後に音楽を付けたバージョンも作られた。村上氏は「オリジナルのサイレント版に自分で勝手にBGMをつける方が気に入っている」と書いている。作品については「映像の見事さが時代を超えて我々の想像力を喚起する」とのこと。
『吾輩はカモである』(1933)
いわゆる「マルクス」ものである。マルクスと言っても資本論のほうではなくて、兄弟のほうである。村上氏が一番好きなマルクスものは『御冗談でショ』とのこと。しかし16ミリ版なのでなかなか見られないとこぼしている。ビデオ以前は16ミリフィルムで映画は販売されていたのだ。
ちなみに、この映画に出て来る鏡のシーンにヒントを得て『羊をめぐる冒険』に鏡の場面を入れたのだそうだ。マルクス兄弟の真骨頂は、その狂気じみたギャグにあるけれど、村上氏もこう述べている。「あらゆる権威をこきおろすマルクス兄弟が戦争を徹底的におちょくりたおした意欲作である」と。
『四十二番街』(1933)
迫力あるダンサーのレビューシーンで有名なミュージカル映画である。村上氏がこの映画で最も好きなシーンは<シャフル・オフ・トゥー・バッファロー>とのこと。リンク先で実際のシーンが視聴できるが、まさに驚く趣向が施されている。
こうした優れた印象深いレビューシーンのことを舞台用用語で「show-stopper」と言うが、村上氏は「たったひとつでもそれがあれば、その作品は永遠の生命を持つことになる。」と述べている。
『コンチネンタル』(1934)
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フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのコンビ主演作品の第1作。空前の大ヒットとなり、これ以降、二人は「マネー・メイキング・スターズ」と呼ばれるようになる。
ラスト近くの「コンチネンタル」のダンスシーンは後世に語り継がれる伝説の20分間である。このダンスシーンについて村上氏は「スピルバーグまっ青の華麗さ」と称賛。作品中のセリフもユーモアが効いていて洒落ている。
『オペラは踊る』(1935)
これもマルクス兄弟ものの傑作。『吾輩はカモである』は興行的に失敗したが、これは練り込まれたギャグが功を奏して、マルクス兄弟もの最大のヒットとなった。
マルクス兄弟のギャグについては数多くの人が評している通り、とにかくシュールでアナーキー。大股潜行歩きで有名なグルーチョのギャグはセリフ中心なので、字幕ではそのおかしさが半減してしまうが、ハーポの繰り出す破壊的でフィジカルなギャグはわかりやすい。ハーポは口をきかないという設定なので、一切喋らない。それがなおさらハーポのギャグをラジカルにしている。
村上氏は、ハーポのギャグについて「あれはサイレント時代の演技のひとつの類型を誇張させたものにすぎないのではないだろうか?そういう意味ではおしというハーポの設定は実に要を得ている」と仮説を述べていて興味深い。
『踊らん哉』(1937)
アステア&ロジャースコンビによるシリーズ第7作。前述の『コンチネンタル』から続く、パターン化されたものなので、村上氏は「アメリカ版「寅さん」シリーズ」と述べている。ちなみにこれは、楽しさに満ちあふれたこのシリーズに対しての褒め言葉である。
さらに「船のエンジンをビートに見立てたアステアの”のり”は、まさに戦前のヒップホップ」と絶賛している。劇中のガーシュイン兄弟の曲も素晴らしい。
『マルタの鷹』(1941)
ジョン・ヒューストン監督のデビュー作。ハンフリー・ボガート主演のミステリー映画である。村上氏曰く「ホークスの『三つ数えろ』と並んでハードボイルド・ファン必見の一作」。
原作は『血の収穫』などで有名なダシール・ハメットだが、ストーリーが複雑で、一度見ただけではわからない部分も多い。役者について村上氏は「悪役シドニー・グリーンストリートと狂言まわしピーター・ローレのクセのある演技がこのいささかこみいったミステリーにサビをきかせている」とのこと。ピーター・ローレはヒッチコックの『間諜最後の日』にもスパイの役で出演している。
『若草の頃』(1944)
ジュディ・ガーランド主演のミュージカル映画。1900年代初頭のセントルイスが舞台の作品で、ジュディ・ガーランドの歌声とともに幸せな気分になれる。MGMミュージカル音楽や舞台を様々に手がけたロジャー・イーデンスのプロデュースによる「The Boy Next Door」「The Trolley Song」「Have Yourself a Merry Little Christmas」など心に残る曲が数々流れる。
村上氏は「「トロリー・ソング」のシーンは本当に楽しいし、ジュディ・ガーランドの耳は本当に可愛い」と述べている。ジュディ・ガーランドの耳?そう言われて改めて見ると小ぶりで確かにかわいい耳をしてますね。
以上、村上春樹おすすめの「戦前の外国映画」8作でした。