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今、最もチケットが取れないと言われている落語家のひとり、立川志の輔さん。NHK「ガッテン」の司会者として有名ですが、落語家としての人気・実力もトップクラスです。
人気の秘密はいろいろありますが、落語初心者にもわかりやすい現代的な笑いを取り入れていることが挙げられます。登場人物の造形やシチュエーションなども、思わず共感してしまうかたちに練られていて、楽しく物語を聴くことができます。特に志の輔さんオリジナルの新作落語は、共感と爆笑の連続です。
公演に訪れるお客さんも、若い方が多く見受けられます。落語には行ったことがない、ちょっとハードルが高いと思っている方も、まずは「志の輔らくご」から入っていくことをおすすめします。
初心者でも、落語の魅力を存分に楽しめる「志の輔らくご」の新作落語中から、特におすすめの10作をご紹介します。
「こぶ取り爺さん」
「なにげない疑問を追求してゆく」というのは、落語のひとつのパターンです。いわゆる「根問い」ものですね。前座噺の代表格である「やかん」「千早振る」といった噺が古典として有名です。だいたいの場合が、長屋の大家のところに八五郎が訪ねてきて、いろいろな疑問を大家にぶつけるというかたちです。大家は物知り顔をしていますが、実のところ単なる知ったかぶりで、八五郎の疑問について、すべてこじつけで答えていきます。このこじつけのおかしさが、噺の真骨頂といえるでしょう。
たいていの「根問い」は荒唐無稽なこじつけに終始するのですが、この「こぶ取り爺さん」は、疑問に対してかなり論理的に攻めていきます。攻めれば攻めるほど、「こぶ取り爺さん」という物語の奇妙さが浮かび上がってきて、もはや今までの「こぶ取り爺さん」には戻れなくなってしまうのです。
ちなみに「こぶ取り爺さん」は『宇治拾遺物語』 に登場する物語ですが、最近、町田康さんによって現代語訳されました。ドライブ感あふれる町田節全開で語られる「こぶ取り爺さん」もまたその奇妙な正体を露わにしています。
日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08)
- 作者: 伊藤比呂美,福永武彦,町田康
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2015/09/11
- メディア: 単行本
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「みどりの窓口」
「お客様は神様です」という言葉が生きている限り、接客業はいつの時代もたいへんな仕事ですね。この「みどりの窓口」は文字通り、JRの切符売り場が舞台。次から次へと、理不尽な要求をする客、不可思議なルートを指定する客、果ては買う切符を決めていない客など、おかしな客がやってきて、駅員が頭を悩ますという噺です。冷静な駅員とテンション高い客のコントラストが絶妙です。しかし駅員も業務を離れ、プライベートの場ではお客の立場になるのです。冷静だった駅員もお客の立場になると・・・。
落語で接客業というとやはり吉原ですね。吉原の女性たちと変なお客の丁々発止を描く噺がたくさんあります。「五人廻し」という噺などは、5人の客の部屋を回る女郎の物語ですが、ここに登場する客たちが揃いも揃って変わり者ばかり。つくづく接客業はたいへんであるなあと思う次第です。
志の輔らくごのごらく(3)「みどりの窓口」「しじみ売り」―「朝日名人会」ライヴシリーズ31
- アーティスト: 立川志の輔
- 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
- 発売日: 2005/11/23
- メディア: CD
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「バスストップ」
結婚式の仲人を頼まれた夫婦。結婚式当日、準備に時間を取られて、ぎりぎりに出発。しかしバスが来ない。やっと来たと思って乗ったら、全然違う方向に行ってしまうバス。果たして二人は結婚式に間に合うのか・・・。
落語には、慌て者の夫婦がよく登場します。たいていの場合、親父さんが慌て者でおかみさんがたしなめるパターンです。よくある夫婦といった感じですが、落語の場合、その慌てぶりと暴走ぶりが極端で、おかしな事態を招くことになります。
先代の三遊亭金馬が得意としていた「藪入り」も、慌て者の夫婦をめぐる噺です。奉公先から里帰りする子供を、今か今かと待ちわびる夫婦。何も手に付かない状態の親父さんの慌てぶりが最高です。
慌て者の夫婦の噺は、丁々発止の会話が命。「バスストップ」で、立て板に水のテンポの良いやりとりを堪能してみてください。
- アーティスト: 立川志の輔,きたろう,室井滋,安藤優子,江川卓,堀内孝雄,内田勘太郎
- 出版社/メーカー: 日本コロムビア
- 発売日: 2003/04/23
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「はんどたおる」
得をしようとして結局損をしてるようなよくわからない状況が世の中にはありますよね。5千円以上買うと○○がもらえますという言葉に誘われて無駄なものまで買ってしまうとか、ありがちです。
「はんどたおる」は、そういう日常の細かい不条理を、夫婦の会話から浮き彫りにしていきます。
スーパーで大量にシュークリームを買ってきた奥さん。理由を尋ねると、3000円以上買うと、はんどたおるが貰えるということで、特売のシュークリームを買ったとのこと。そんな2,300円で買えるはんどたおるのために、なんでこんな余計なものを大量に買ったのだと怒る親父さん。二人とも論理的に主張しているつもりなので、会話は平行線。男と女の思考の違いもうかがえるところも興味深いです。
そんな論争をしているところに、新聞屋さんが契約を取りに来て、ややこしいことに・・・。
古典落語でも、損得勘定をテーマにした噺はいろいろあります。蕎麦の代金をごまかす「時そば」が有名ですが、もっと巧妙なのが「壺算」です。壺を買いに行く二人組が、あるトリックを使って、壺をまんまと手に入れるという噺です。巧妙過ぎて、噺を聴いた後もちょっと考えてしまうほど。
これを現代に置きかえ、「壺」ならぬ「液晶テレビ」で演じている落語家さんもいます。立川談笑さんの「薄型テレビ算」です。談笑さんは古典を独自の視点から現代風に仕立て直すことで定評のある落語家さんです。こちらも面白いので、よかったらぜひ聴いてみてください。
落語 The Very Best 極一席1000 はんどたおる
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「踊るファックス」
ファックスの送信先を間違えたばっかりに、とんでもない事態に陥る薬屋の親父さん。送信先の間違いって、本当にあるあるですよね。「志の輔らくご」の魅力は、誰でも共感できる、あるあるなシチュエーションをタネにして、奇想天外な方向に暴走させるところにあります。
爆笑あり、ハラハラあり、そして最後にほっこりもする、初期の「志の輔らくご」を代表する傑作です。
「踊るファックス」の面白さは、ファックスという本来便利なものであるにもかかわらず、その機能ゆえ、相手と意思の疎通が取れないという不条理感にあります。相手をわかろうとすればするほど、泥沼にはまり込む。そんなカフカ的状況が立ち現れてくるのです。
古典落語では、意思の疎通不全の噺というのは、ひとつの定番と言ってもいいくらいで、様々にあります。
関西弁でかつ難解な単語を早口で語る男がある日突然店先にやってくる「金明竹」などは、その最たるものです。流れるような口上を語る部分が聴かせどころですが、志ん生、圓生、金馬、小三治など名人によって、それぞれ違う味わいを持っていますので、聴き比べるのも楽しいです。
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- 発売日: 2003/04/23
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「ディアファミリー」
定年を迎えた父。家族は父をねぎらうために、ごちそうを用意して待っていると、謎の宅配便が。それは社長から届いた定年記念の贈答品「鹿の頭」の飾りであった。こんなものいらない!と思えど、捨てるわけにもいかず、とりあえず押入に入れようとするが、すでに押入は家族のそれぞれの「いらないもの」で満杯であった・・・。
考えてみると、私たちはいらないものに囲まれて暮らしているのかもしれません。押入を開けると、衝動買いで買ってしまった不要品ばかり。そんな「あるある」がまたこの噺には溢れています。
それにしても「鹿の頭」の飾りは、いらないですねー。社長はどんなつもりで贈ったのでしょうか。
「鹿の頭」の落ち着き場所をめぐって、妻、息子と言い合いになるうちに、父は自分の居場所がこの家庭に無かったことを悟ります。定年までがんばってきたのに、と無念に思う父。家族解散か!という瀬戸際、息子が機転を利かせます。「鹿の頭」の存在価値を見つけたのです。果たして「鹿の頭」の行方はいかに。
子はかすがいということわざ通り、息子のおかげで離婚の危機を乗りきった夫婦。古典落語の「子別れ」のようですね。「子別れ」は人情もので、爆笑タイプではないですが、後になっても思い出す印象深い噺です。演者の力量が問われる難しい噺でもありますね。
「ガラガラ」
失敗は誰にでもあるもの。肝心なのは、失敗をどう収拾するかです。ごまかすと事態は一層悪化の方向を辿ります。さあどうするべきか。
とある街の商店街の福引き会場。一等はなんと世界一周旅行。1組ご招待。不況の中、商店街の起死回生を願って、思い切って豪華な一等にしたのです。ところが、福引き器具の「ガラガラ」の中には一等の玉が7つも!発注書の字が汚すぎて、玉入れ業者が数を入れ間違えたです。1つの予定が7つになって、さあたいへん。
失敗に直面すると人間力が試されますね。「志の輔らくご」に登場する人々は、そういう修羅場に対して、とんでもない力を発揮します。これこそ落語の醍醐味ですね。
古典落語でも、失敗が元でたいへんな騒動になる噺はいろいろあります。夜這いに行こうとして、途中で棚が崩れ落ちてきて、それを支える態勢で動けなくなってしまった男たちの噺「引っ越しの夢」、花火大会の日、ごったがえす橋の上で、樽のたがが外れて侍に当たり、大立ち回りを演じるはめになる職人の噺「たがや」、会いたくない客が来たので、適当な嘘の言い訳をつけて下男が追い返そうとするが、嘘が嘘を招いてとんでもないことになる「お見立て」などなど。「ガラガラ」のような爆笑はありませんが、どれも秀逸な展開の傑作です。
NHK落語名人選(68) 十代目 金原亭馬生 たがや・花見の仇討ち
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「メルシーひな祭り」
志の輔さんは毎年お正月に渋谷パルコ劇場で「志の輔らくご」を公演します。来年はパルコが改装中なので、代わりに全国を回ります。今までのパルコの公演は、毎回、落語の枠を越える演出で話題を呼びました。この「メルシーひな祭り」もそのひとつ。落語のオチを語り終えた瞬間、ステージ奥の幕が開き、驚くべきものが現れました。
私もその現場にいましたが、そこまでやるか!という志の輔さんの、破格のサービス精神に感服したことを憶えています。
雛人形の名産地を訪ねてくる外国要人の家族。地元は、突然のVIP訪問で右往左往。しかし確認不足で、お目当てのものは見ることができないことが判明。要人の家族には、雛人形を見ることをとても楽しみにしていた少女もいました。そこで地元の人たちが考えた秘策とは?
もうこれは、一種のイリュージョンのような噺ですね。人情噺というと、しんみりした感動を呼ぶものが多いですが、これは人情に訴えながらも、爽快なカタルシスもあるという贅沢な内容です。登場人物も多いので演じ分けがたいへんなのですが、志の輔さんは軽々とこなしています。ぜひ映像で、その驚くエンディングの演出も堪能してほしい作品です。
古典落語で、予想もしない斜め上の展開が楽しめる噺というと、頭の上で、花見が始まる「あたま山」、屋敷の二階に吉原の街をそっくり作ってしまう「二階ぞめき」などがあります。もうここまでくるとSFですね。日本人の発想力の凄みを感じます。
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「歓喜の歌」
これもパルコ公演での派手な演出が話題になった噺です。年末恒例のベートーベン「第九」。一年に一度、晴れの舞台で歌うことを目標にしてきたママさん合唱団。しかし予約していた日、市民会館の職員の手違いで、別の合唱団の予約とダブルブッキングになっていたことが判明!別の日では団員全員が揃うことができない、なんとしても予約した日に歌いたい!そこで考え出された打開策とは?
映画化までされた人気作ですが、登場人物たち一人一人がとてもいい味を出しています。特にダブルブッキングの元凶を作った役所の職員。彼は当初、無気力公務員として描かれていて、ダブルブッキングについてもあまり罪悪感を感じず、事務的に処理しようとしていたのですが、だんだん街の人々から、ママさんたちがいかに「第九」を歌うことを楽しみにしていたかを知るに至り、なんとかしようという気持ちに変わっていくのです。映画でもそのあたりの気持ちの推移が丹念に描かれていましたね。
これもまた、クライマックスでの特別演出付きなので、ぜひ映像でご覧いただきたい作品です。
古典落語で、主人公の性格が変わってゆく噺というと、浜で拾った財布がきっかけで主人公の性格が良い方向に変わってゆく「芝浜」などが有名です。逆に、酔っ払って性格が悪い方向に豹変する「らくだ」なんていう噺もあります。
落語ではありませんが、黒澤明の映画「生きる」は、公務員の心が変わってゆくというところなど、「歓喜の歌」と通じる部分がありますね。
「買い物ぶぎ」
落語には「与太郎噺」というものがあります。丁稚の与太郎が奇妙なことを言い出して、主人や周りの大人を煙に巻きます。この与太郎、一見、頭が弱そうなのですが、よくよく言い分を聞いていると、至極真っ当な正論や疑問を言っているんですね。普通の大人はあえてスルーしている疑問やこだわりについて、与太郎はとことん追求していきます。いわば与太郎は日常というものの正体を暴くトリックスターなのですね。代表的なものに「子ほめ」「道具屋」「孝行糖」などがあります。
この「買い物ぶぎ」は、志の輔さん流の「与太郎」ものです。日常のなにげない疑問をいつもメモしているという志の輔さん。そういう蓄積の中から生まれた傑作です。
主人公は、ドラッグストアに来た男性客。 この男、奥さんに買い物を頼まれてきたのですが、商品について事細かく店員に質問します。考えてみれば、「ジンクピリチオン」とか薬の成分名などよくわからないものだらけですが、普通はあんまり気にしないものですよね。しかし、この男の疑問への追求はすごい。店員が答えれば答えるほど疑問が膨らんでいき、さらに追求していきます。もう厄介なクレーマー状態です。周りのお客や店長も巻き込んで、まさにカオスの極み。
それにしても、いつも使っているドラッグストアが、こんなに摩訶不思議なところだったとは。爆笑の中にいろいろと発見もある噺です。
この噺は残念ながらCD・DVD化されていません。高座で出会えたらラッキーだと思います。
立川談志ひとり会 落語CD全集 第17集「子ほめ」「五人廻し」
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以上、落語の初心者の方でも楽しめる「志の輔らくご」新作落語10選でした。 志の輔さんは新作だけでなく、古典にもたいへん面白いものがありますので、次は古典のおすすめをまとめてみたいと思います。ではまた。
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